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超・分会長の小屋.増改築
Welcome to my blog.
In this blog, I'm super-Chife of Union(named Boff), talk selfishly about "daily life".
I set "FLICKR (photo)" and "MY FAVORITE NOIZE (music)" into the right side contents.
Please enjoy, thank you.
「消費者教育ポータルサイト」
消費者を教育って、まじめにやれば消費者なんてこの世の中にいなくなる。
私には何をいっているのか理解できない。
Disciplinaryの現場はどうなっているのだろうか?
消費者を教育って、まじめにやれば消費者なんてこの世の中にいなくなる。
『消費者基本法』
第7条 消費者は、自ら進んで、その消費生活に関して、必要な知識を修得し、及び必要な情報を収集する等自主的かつ合理的に行動するよう努めなければならない。
私には何をいっているのか理解できない。
Disciplinaryの現場はどうなっているのだろうか?
新年を迎えたので、身の回りのグッズが少しずつ新しいものに替わってきた。
例えば、今まではいわゆる普通のビジネス手帳を使っていたが、今年からは100円ショップでみつけたA6サイズのリング式ノートを使うようにした。
スケジュール管理にはカレンダー的な要素が手帳にはあったほうが便利だけども、そこまでタイトかつヘビーなスケジュールでもないので、何でも適当に書き込めるノートの方が使い勝手が良い。
それと、長らく愛用していた3wayのスリムな多機能ボールペンを買い換えた。
まったく同じブランドのニューバージョンである。
手ごろな値段で、黒・赤色のボールペンとシャープペンシルの使い分けができるので非常に便利。
さて、それとケータイもリニューアル。
iPhoneのようでiPhoneではない。
WILLCOMのAdvanced/W-ZERO3[es](SHARP)のメニュー画面をAppleのiPhone風にカスタマイズした。
アドエス(Advanced/W-ZERO3[es]の通称)はタッチパネル式液晶画面だからiPhoneのように画面のアイコンをタッチすれば実際に機能する。
またWindows Mobile 6 を搭載しており、この端末でインターネットはもちろんのことExcelやWordの編集までできてしまう。
通常のケータイ端末と大きく異なる点は、さまざまなアプリケーションを追加インストールすることで、自分なりにカスタマイズを楽しめるということ。
iPhone風のメニュー画面も"rlToday"というフリーのアプリケーションとiPhone風スキンを使って実現できる(詳しくは、Advanced/W-ZERO3 [es]さんの「iPhone への道 #7」を参照)。
ワイヤレスLANを内蔵しているから部屋の中や公衆ワイヤレスLANサービスを提供している屋外でもPHS回線よりも高速なネットブラウズが可能。
調子に乗ってYouTubeもみれるようにしてしまった。
これでノートPCを持ち歩く必要がずいぶん少なくなりそうだ。
例えば、今まではいわゆる普通のビジネス手帳を使っていたが、今年からは100円ショップでみつけたA6サイズのリング式ノートを使うようにした。
スケジュール管理にはカレンダー的な要素が手帳にはあったほうが便利だけども、そこまでタイトかつヘビーなスケジュールでもないので、何でも適当に書き込めるノートの方が使い勝手が良い。
それと、長らく愛用していた3wayのスリムな多機能ボールペンを買い換えた。
まったく同じブランドのニューバージョンである。
手ごろな値段で、黒・赤色のボールペンとシャープペンシルの使い分けができるので非常に便利。
さて、それとケータイもリニューアル。
iPhoneのようでiPhoneではない。
WILLCOMのAdvanced/W-ZERO3[es](SHARP)のメニュー画面をAppleのiPhone風にカスタマイズした。
アドエス(Advanced/W-ZERO3[es]の通称)はタッチパネル式液晶画面だからiPhoneのように画面のアイコンをタッチすれば実際に機能する。
またWindows Mobile 6 を搭載しており、この端末でインターネットはもちろんのことExcelやWordの編集までできてしまう。
通常のケータイ端末と大きく異なる点は、さまざまなアプリケーションを追加インストールすることで、自分なりにカスタマイズを楽しめるということ。
iPhone風のメニュー画面も"rlToday"というフリーのアプリケーションとiPhone風スキンを使って実現できる(詳しくは、Advanced/W-ZERO3 [es]さんの「iPhone への道 #7」を参照)。
ワイヤレスLANを内蔵しているから部屋の中や公衆ワイヤレスLANサービスを提供している屋外でもPHS回線よりも高速なネットブラウズが可能。
調子に乗ってYouTubeもみれるようにしてしまった。
これでノートPCを持ち歩く必要がずいぶん少なくなりそうだ。
今日、とある銀行のATMで振込み手続きをしようとした。
ちょっと急ぎの用事があったので、空いているATMに立ってまずは自分の口座に現金を預金する。
そして自分の口座から振込みをしようとすると、「自分の口座から振り込む」以外に「現金で振り込む」という操作ボタンが表示されていた。
確か同じ銀行の別のATMではできなかったような記憶があったのだが、これは取り扱い時間帯によって異なるのだろうか?
そのあたりがはっきりしないことがまず利用者の立場に立ってないなと思わせる。
さらに決定的な事態が起こった。
時間的余裕もなかったので、タッチパネルを急いで操作する。
カードに登録されている振込先一覧から振込み先を選択し、確認ボタンを押す。
次に出てくる画面は、振り込み金額を入力する画面のはずなのだが。
画面に出た表示をみてドキッとした。
登録先を削除しました。
つづけて別の登録先を削除しますか?
画面をみつめたまんま一瞬凍りついた。
いつもは何気なく表示されるアラート画面をこのときほど必要だと感じたことはない。
普通、削除などといった一度処理するとアンドゥできないような場合は、「本当に××してもいいですか?」というアラート画面があってしかるべきだと思う。
しかし今回「本当に削除してもいいですか?」のアラート画面が出ないばかりか、「つづけて削除しますか?」と感情を逆なでする一言。
冷静に振り返ると、最後の「確認」ボタンを押すまで、表示されている登録先一覧画面が、振込先の選択画面なのか、削除対象の選択画面なのか識別できるような仕掛けは何もなかったということだ。
つまり、利用者が操作を間違うかもしれないという設計思想が欠如しているといわざるを得ない。
老若男女が使う銀行ATM。
国内の銀行ATMは一度利用者の視点ですべて確認したほうがいいだろう。
2007年9月1日発売の『THE BIG ISSUE JAPAN』(78号)に、「社会的企業の台頭」という特集記事があった。
その記事によると、イギリス国内には5万5千人の社会企業家がおり、総額270億ポンドの利益を生み出しいてるらしい。
1ポンド=約230円とすると、270億ポンド=約6兆2千億円、社会企業家1人あたり11億円以上の利益を上げている計算が成り立つ。
特集記事の中でピックアップされていた「The Hub」は、「カフェ、オフィスサービス、在宅勤務、それぞれのベスト要素」を組み合わせた社会的企業家たちの共有スペースで、みるからにクールである。
「社会的企業」・・・・必ずしも明確な定義はないようだが、特集記事では以下のように説明している。
ネット上でヒットした連合総研(連合のシンクタンク)のサイトをみると、いわゆる「社会的」といわれる組織であったり制度であったりするものは、目的特定性や高度の合目的性によって現実のダイナミックな変化に対して柔軟に対応できない限界を有しており、社会的企業はその限界をイノベーションやアントレプルヌールを基礎に打ち破る可能性があるとしている。
『サンフランシスコ発:社会変革NPO』(岡部一明 著/御茶の水書房/2000年)の中でも、ビジネスセンスや市場原理を巧みに取り入れた非営利組織が多数紹介されており、「ビジネスと同様、NPO活動も社会的に求められる活動であれば伸び、求められていないものは亡びる」と言及されている。
NPOと社会的企業を同一視していいものかどうかは別として、どちらにせよ社会的ニーズの感知、イノベーティブな商品・サービス・組織開発、そして「マーケティング・センス」が重要であることに変わりはないということであろう。
その記事によると、イギリス国内には5万5千人の社会企業家がおり、総額270億ポンドの利益を生み出しいてるらしい。
1ポンド=約230円とすると、270億ポンド=約6兆2千億円、社会企業家1人あたり11億円以上の利益を上げている計算が成り立つ。
特集記事の中でピックアップされていた「The Hub」は、「カフェ、オフィスサービス、在宅勤務、それぞれのベスト要素」を組み合わせた社会的企業家たちの共有スペースで、みるからにクールである。
「社会的企業」・・・・必ずしも明確な定義はないようだが、特集記事では以下のように説明している。
株主や事業者所有のためではなく、社会問題解決やコミュニティの向上を目的とし、基本的に事業もしくはコミュニティに再投資するために利益を追求する。そのような企業を社会的企業、立ち上げる人々を社会的企業家もしくは社会企業家と呼ぶ。
ネット上でヒットした連合総研(連合のシンクタンク)のサイトをみると、いわゆる「社会的」といわれる組織であったり制度であったりするものは、目的特定性や高度の合目的性によって現実のダイナミックな変化に対して柔軟に対応できない限界を有しており、社会的企業はその限界をイノベーションやアントレプルヌールを基礎に打ち破る可能性があるとしている。
『サンフランシスコ発:社会変革NPO』(岡部一明 著/御茶の水書房/2000年)の中でも、ビジネスセンスや市場原理を巧みに取り入れた非営利組織が多数紹介されており、「ビジネスと同様、NPO活動も社会的に求められる活動であれば伸び、求められていないものは亡びる」と言及されている。
NPOと社会的企業を同一視していいものかどうかは別として、どちらにせよ社会的ニーズの感知、イノベーティブな商品・サービス・組織開発、そして「マーケティング・センス」が重要であることに変わりはないということであろう。
とある郊外のとあるファミリーレストラン。
ランチの時間に賑わう店内。
入り口で、パートであろう年配の店員に質問をされてテーブルへ案内される。
まわりのテーブルを観察すると、身のない話に盛り上がる40代の主婦グループ、少ない小遣いでなんとかやりくりをしている作業服の中年サラリーマン、定年をむかえ昼間の時間を持て余す夫婦、皆同じ399円の日替わりランチとドリンクバーを注文している。
このような郊外の日常におけるシーンはいったいいつから始まったのだろうか?
郊外のファスト風土化が問題であるとか、解決しなければならないとか、そんな話ではなく、わかりやすい日常の固定化が垣間見れた、ただそれだけのことだ。
ふと窓の外のファミリーレストランの駐車場に目をやると、ミニバンタイプの4ドア軽自動車がずらりと並んでいる。
思わず爆笑してしまった。
ランチの時間に賑わう店内。
入り口で、パートであろう年配の店員に質問をされてテーブルへ案内される。
まわりのテーブルを観察すると、身のない話に盛り上がる40代の主婦グループ、少ない小遣いでなんとかやりくりをしている作業服の中年サラリーマン、定年をむかえ昼間の時間を持て余す夫婦、皆同じ399円の日替わりランチとドリンクバーを注文している。
このような郊外の日常におけるシーンはいったいいつから始まったのだろうか?
郊外のファスト風土化が問題であるとか、解決しなければならないとか、そんな話ではなく、わかりやすい日常の固定化が垣間見れた、ただそれだけのことだ。
ふと窓の外のファミリーレストランの駐車場に目をやると、ミニバンタイプの4ドア軽自動車がずらりと並んでいる。
思わず爆笑してしまった。
「銀天」とは、商店街のアーケードを意味する。
「ライフワーク」というとやや大袈裟ではあるが、ここしばらく福岡都市圏の商店街を見て回っている。
昨日は、井尻商店街と銀天町商店街をはしごした。
それぞれのケースとしての詳しい紹介はここでは省くが、商店街は「生活世界」における消費側面の原初的な発露のひとつである。
"Market Place"(市)という言葉には、そこに住む人々の生活感を匂わせるのであり、衰退しつつある商店街はそのエリアにおけるネイティブな生活力の減衰を意味している。
多くの専門書の中で、「商店街」は自然発生的に形成されると説かれている。
自然発生するにも、その根拠があるわけで、例えば交通の要所は交易の中心となる場合が多く、そこでは売買取引のシステムが常態化し、それにともなって生活実践の営みの基礎を商店街が提供してきたといってもよいだろう。
生活実践は個別的、集団的消費行為を繰り返しながらやがて生活様式を構成する。
しかし、形成された生活様式はいつまでも継続することはなく、新たな生活実践の現れによって生活様式もまた組替えられる(『マーケティングと生活世界』の第5章において、生活実践と生活様式の相互関係について優れた分析がなされているので参照されたし)。
そうなったとき、生活実践の基礎をなしていた商店街の位置づけもおのずと変わるのであって、今商店街の盛衰がいわれるのも、このコンテクストにおいて捉えることが重要であると思う。
街の中心地の衰退、とりわけ商店街の衰退が叫ばれて久しく、現在ではTMO(Town Management Organization)などいう呼び名で街づくりがある種のブームになっているようだ。
大なり小なりTMOでは、さまざまなイベントが催されたり、地域通貨を利用した新たなインセンティブシステムが導入されたりしている。
とはいえ、その多くはどこか別の地域の商店街で成功した事例のコピー&ペーストに過ぎず、実質的な成功を収めたTMOは少ないように感じられる。
本来、商人は消費者に最も近い存在、つまり消費者ニーズという情報を肌で感じられるポジンションにいたはずで、その集積形態である商店街の衰退は、商人としての情報感度の鈍化を意味する。
それは言い換えれば、商人がその社会的機能を失いつつあるということであり、商業資本としての自立化が否定されてることになっても仕方がないといえるだろう。
引き続き、商店街探訪は継続するつもりである。
「ライフワーク」というとやや大袈裟ではあるが、ここしばらく福岡都市圏の商店街を見て回っている。
昨日は、井尻商店街と銀天町商店街をはしごした。
それぞれのケースとしての詳しい紹介はここでは省くが、商店街は「生活世界」における消費側面の原初的な発露のひとつである。
"Market Place"(市)という言葉には、そこに住む人々の生活感を匂わせるのであり、衰退しつつある商店街はそのエリアにおけるネイティブな生活力の減衰を意味している。
多くの専門書の中で、「商店街」は自然発生的に形成されると説かれている。
自然発生するにも、その根拠があるわけで、例えば交通の要所は交易の中心となる場合が多く、そこでは売買取引のシステムが常態化し、それにともなって生活実践の営みの基礎を商店街が提供してきたといってもよいだろう。
生活実践は個別的、集団的消費行為を繰り返しながらやがて生活様式を構成する。
しかし、形成された生活様式はいつまでも継続することはなく、新たな生活実践の現れによって生活様式もまた組替えられる(『マーケティングと生活世界』の第5章において、生活実践と生活様式の相互関係について優れた分析がなされているので参照されたし)。
そうなったとき、生活実践の基礎をなしていた商店街の位置づけもおのずと変わるのであって、今商店街の盛衰がいわれるのも、このコンテクストにおいて捉えることが重要であると思う。
街の中心地の衰退、とりわけ商店街の衰退が叫ばれて久しく、現在ではTMO(Town Management Organization)などいう呼び名で街づくりがある種のブームになっているようだ。
大なり小なりTMOでは、さまざまなイベントが催されたり、地域通貨を利用した新たなインセンティブシステムが導入されたりしている。
とはいえ、その多くはどこか別の地域の商店街で成功した事例のコピー&ペーストに過ぎず、実質的な成功を収めたTMOは少ないように感じられる。
本来、商人は消費者に最も近い存在、つまり消費者ニーズという情報を肌で感じられるポジンションにいたはずで、その集積形態である商店街の衰退は、商人としての情報感度の鈍化を意味する。
それは言い換えれば、商人がその社会的機能を失いつつあるということであり、商業資本としての自立化が否定されてることになっても仕方がないといえるだろう。
引き続き、商店街探訪は継続するつもりである。
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